分煙は喫煙場所を分けるだけのもので、意味のないことが多い。
例えば、建物を禁煙にしても、入り口で喫煙すれば、全員喫煙したことになる。また、座る場所だけ分けても煙は囲い込めない。
そこで人を分けるより煙を封じ込めることを中心に設計することを、ここでは封煙と呼ぶ。すでに他の呼び方があるかもしれないが、知らないので仮称とする。
極端な例では、同じ席に座っていても気流を制御できれば封煙と呼んでよい。仕組みは焼き肉と同じだ。
もちろん、分煙よりコストがかかる。しかし、今の分煙では逆に非喫煙者の支持が得られず、売上が落ちる可能性があることを念頭に入れるべきだ。
2007年11月7日水曜日
YahooコミックはFirefox未対応
気になるコミックがあったのでYahooコミックで立ち読みしようと思ったら、Firefoxに対応していないそうだ。
YahooほどのサイトがFirefoxに対応していないとは、残念だ。
IE立ち上げてまで読む気がしないので、他をあたってみよう。
Yahooは手を広げすぎて開発が追いついていないのではないかと思う。
コンテンツ保護はもちろん重要だが、それならFlashなど無難なものを使ったほうがよい。
ブラウザに依存するとは、特殊なJavaScriptでも使っているのだろうか?まさか、IE専用プラグインとか?
だとすれば、最初の開発コンセプトの段階で間違っている。
YahooほどのサイトがFirefoxに対応していないとは、残念だ。
IE立ち上げてまで読む気がしないので、他をあたってみよう。
Yahooは手を広げすぎて開発が追いついていないのではないかと思う。
コンテンツ保護はもちろん重要だが、それならFlashなど無難なものを使ったほうがよい。
ブラウザに依存するとは、特殊なJavaScriptでも使っているのだろうか?まさか、IE専用プラグインとか?
だとすれば、最初の開発コンセプトの段階で間違っている。
CO2市場はねずみ講にならないか?
正確に言えば、もちろんCO2市場はねずみ講ではない。
CO2市場は、温暖化対策のためにCO2排出権を取引する市場として提案されている。
削減できたものは排出権を売り、削減できないものが買う。
しかし、全員が削減できたら、排出権の目減りは避けられない。
最初は、排出権が高値で取引されるため、景気よく投資できるが、やがて値下がりしてバブル?がはじける。
問題は、全員が削減すれば当然このようなシナリオが成立することを承知の上で、市場を設立しているという点で、ねずみ講に似た構造を持っているということだ。
ねずみ講は必ず損をする人が出る。それゆえ禁止されている。
同様の理屈をCO2市場に適用すれば、最後に損をすることが確実なのに推進するのはおかしいことになる。
しかし、個人的には、皆が経済的に損をしてもCO2を削減することは皆の利益になるのだから、問題ないと思う。
今回は、あえて問題提起という意味でコメントした。
CO2市場は、温暖化対策のためにCO2排出権を取引する市場として提案されている。
削減できたものは排出権を売り、削減できないものが買う。
しかし、全員が削減できたら、排出権の目減りは避けられない。
最初は、排出権が高値で取引されるため、景気よく投資できるが、やがて値下がりしてバブル?がはじける。
問題は、全員が削減すれば当然このようなシナリオが成立することを承知の上で、市場を設立しているという点で、ねずみ講に似た構造を持っているということだ。
ねずみ講は必ず損をする人が出る。それゆえ禁止されている。
同様の理屈をCO2市場に適用すれば、最後に損をすることが確実なのに推進するのはおかしいことになる。
しかし、個人的には、皆が経済的に損をしてもCO2を削減することは皆の利益になるのだから、問題ないと思う。
今回は、あえて問題提起という意味でコメントした。
2007年11月4日日曜日
Gmail容量増でGspaceが便利になった
GspaceはGmailをストレージとして使うためのFirefoxアドオンだ。
Gmailはつい最近まで約3GBを上限としていたが、その上限を撤廃し、可能な限り容量を増やす方針に転じた。
ちなみに現時点では約4.5GBになっている。
これは十分高価なSDHCに匹敵する。
それをインターネット経由とはいえ無料で使用できるのだから、普及品フラッシュメモリの存在価値が否定されかねない。
少なくとも容量的な優位性はいえないので、データ転送速度やセキュリティなどを売りにするしかない。
このような状況でGspaceのようなツールは非常に便利だ。
携帯で利用できれば、SDカードを内蔵する必要がないのではないだろうか?
Gmailはつい最近まで約3GBを上限としていたが、その上限を撤廃し、可能な限り容量を増やす方針に転じた。
ちなみに現時点では約4.5GBになっている。
これは十分高価なSDHCに匹敵する。
それをインターネット経由とはいえ無料で使用できるのだから、普及品フラッシュメモリの存在価値が否定されかねない。
少なくとも容量的な優位性はいえないので、データ転送速度やセキュリティなどを売りにするしかない。
このような状況でGspaceのようなツールは非常に便利だ。
携帯で利用できれば、SDカードを内蔵する必要がないのではないだろうか?
2007年11月3日土曜日
山中温泉
石川県加賀市山中温泉に行った。
仕事だったので、まったく観光できず、特に報告することがない。
温泉は無色無臭で普通の風呂のようだ。
温泉自体に特徴がないので観光振興が難しいように思える。
町並みは統一されていて、観光への配慮がなされている。
しかし、今回泊まったホテルには自動販売機もなく、湯上りに何か飲みたいと思ったとき、わざわざ外出しなければならない。もう少し商売っ気を出してもらったほうが宿泊するほうにもありがたい。
土産は小松空港に揃っている。
今回、赤福の例があったので、あんころもち系は避けた。しかし、あいかわらず人気があるらしい。個人的には、嫌いではないが、特に好きというわけではない。いずれも肝心な餡が物足りない。どうも餡の趣味が人と違うようだ。
仕事だったので、まったく観光できず、特に報告することがない。
温泉は無色無臭で普通の風呂のようだ。
温泉自体に特徴がないので観光振興が難しいように思える。
町並みは統一されていて、観光への配慮がなされている。
しかし、今回泊まったホテルには自動販売機もなく、湯上りに何か飲みたいと思ったとき、わざわざ外出しなければならない。もう少し商売っ気を出してもらったほうが宿泊するほうにもありがたい。
土産は小松空港に揃っている。
今回、赤福の例があったので、あんころもち系は避けた。しかし、あいかわらず人気があるらしい。個人的には、嫌いではないが、特に好きというわけではない。いずれも肝心な餡が物足りない。どうも餡の趣味が人と違うようだ。
空港価格
観光地価格というものがある。観光地では100円の缶ジュースが150円になったりすることだ。
同じように空港価格がある。空港のレストランは軒並み無意味に高い。
どう考えてもサービスに対する対価としては不当だ。
一部のチェーン店は全国と同じ価格で提供しているだけに質の低さが目立つ。
しかも、きまって高級店をきどっているのでなおさら悲惨だ。高級店で冷凍食品を食べさせられるようなものだ。
もちろん業者の言い分も理解できる。どうせ空港に搾取されているのだろう。その上で精いっぱいがんばっているのだろう。
しかし、結果がすべてだ。
好景気であったり、もの珍しいうちはよいが、落ち目になるのは早い。
それからが本物との差が現れてくる。
同じように空港価格がある。空港のレストランは軒並み無意味に高い。
どう考えてもサービスに対する対価としては不当だ。
一部のチェーン店は全国と同じ価格で提供しているだけに質の低さが目立つ。
しかも、きまって高級店をきどっているのでなおさら悲惨だ。高級店で冷凍食品を食べさせられるようなものだ。
もちろん業者の言い分も理解できる。どうせ空港に搾取されているのだろう。その上で精いっぱいがんばっているのだろう。
しかし、結果がすべてだ。
好景気であったり、もの珍しいうちはよいが、落ち目になるのは早い。
それからが本物との差が現れてくる。
正しいユビキタス
ユビキタスとは、どこでも計算機を使えるという意味だ。
モバイルと混同されることが多いが、元々はまったく逆の意味だ。
過去、N人が1台のコンピュータを使った。
現在、1人が1台のコンピュータを使っている。
将来、1人がN台のコンピュータを使うだろう。
そのような未来では人はコンピュータに囲まれて生活するため、人の行くところには必ずコンピュータがある。
だから、複数のコンピュータの使い方を考えなければんらない。それが本来のユビキタスだ。
つまり、モバイルでなくても既に存在するということだ。
しかし、多くのコンピュータはデスクトップPCより小さいので持ち運びもできる。そのためモバイルとの混乱が生じた。
実際、専門家でさえ明確に区別しない。あるいは区別する必要性を感じていない。
しかし、モバイルでないコンピュータのユビキタスは、今後非常に重要だ。
モバイルが成熟し、一人立ちした今こそ、ユビキタスを本来の意味に戻し、ユビキタス-モバイルとして改めて考え始めるべきだ。
動かないユビキタスでは、ネットワークが不可欠だ。mた、ハードが動かないからこそ、ソフトが動かなければならない。ときに人自体をメディアにする必要もある。
ある意味では、センサーネットこそユビキタスの正当な継承者なのかもしれない。
しかし、センサーネットは人との関係が希薄である傾向がある。人知れず支援するが、積極的に関わろうとしない。その点では十分とはいえない。
今はユビキタスが提唱されたときより、そしてそのとき予想したより多くのコンピュータが存在する。もっと目に見えるユビキタスがあってもよい。
モバイルと混同されることが多いが、元々はまったく逆の意味だ。
過去、N人が1台のコンピュータを使った。
現在、1人が1台のコンピュータを使っている。
将来、1人がN台のコンピュータを使うだろう。
そのような未来では人はコンピュータに囲まれて生活するため、人の行くところには必ずコンピュータがある。
だから、複数のコンピュータの使い方を考えなければんらない。それが本来のユビキタスだ。
つまり、モバイルでなくても既に存在するということだ。
しかし、多くのコンピュータはデスクトップPCより小さいので持ち運びもできる。そのためモバイルとの混乱が生じた。
実際、専門家でさえ明確に区別しない。あるいは区別する必要性を感じていない。
しかし、モバイルでないコンピュータのユビキタスは、今後非常に重要だ。
モバイルが成熟し、一人立ちした今こそ、ユビキタスを本来の意味に戻し、ユビキタス-モバイルとして改めて考え始めるべきだ。
動かないユビキタスでは、ネットワークが不可欠だ。mた、ハードが動かないからこそ、ソフトが動かなければならない。ときに人自体をメディアにする必要もある。
ある意味では、センサーネットこそユビキタスの正当な継承者なのかもしれない。
しかし、センサーネットは人との関係が希薄である傾向がある。人知れず支援するが、積極的に関わろうとしない。その点では十分とはいえない。
今はユビキタスが提唱されたときより、そしてそのとき予想したより多くのコンピュータが存在する。もっと目に見えるユビキタスがあってもよい。
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