バスはCPUと周辺デバイスを接続する最重要経路だ。PCにとっての背骨ともいえるだろう。
もっとも重要なデバイスはメモリであり、その仕様DDR3-2133では、最大転送速度は17GB/sになる。メモリは特別扱いされるため、その他のデバイスとはバスを共有しない。
一般的なバスはPCI(あるいはPCIe)だ。PCIe 1.1 x 32なら8GB/sまで可能となる。
いま、SSDの大容量化・高速化が進行している。Z driveは容量1TB、転送速度700MB/sだという。
このくらいでは、まだPCIeの帯域を使い切ることはないが、バスは複数のデバイスで共有されるので実用上の上限にかなり近づいている。さらに、デバイスの性能が向上するとバスがボトルネックになる。特にグラフィックアクセラレータと共有するならなおのことだ。
SSDをそのままメモリに使うことはないだろうが、SSDがPCIeの1つを占めることは間違いない。
2009年3月5日木曜日
Shear
たまには温故知新もよいだろう。新しいアイデアではないが、古いアイデアをまとめておくことも重要だ。そこで、サーベイも記事に加える。
Shear[1]は、RAIDを特徴パラメータ(ディスク数、パターンサイズ、チャンクサイズ、冗長度、レイアウトなど)を自動的に推定するソフトウェアツールである。SW/HW両RAIDに対して有効に働く。Shearでは、RAIDに対して読み書き行い、その応答を統計的に分析することで、RAID構成を推定する。例えば、パターンサイズP(RAIDディスクの使われ方が等しく繰り返される大きさ)を推定するには、pを変化させながらp間隔にデータを読み書きする。pがPと等しいとき同じディスクにアクセスが集中するため応答が極端に遅くなる。よって応答を解析すればパターンサイズを推定できる。
[1] Timothy E. Denehy, John Bent, Florentina I. Popovici, Andrea C. Arpaci-Dusseau, Remzi H. Arpaci-Dusseau: Deconstructing Storage Array, ASPLOS'04, pp.59-pp.71, 2004
Shear[1]は、RAIDを特徴パラメータ(ディスク数、パターンサイズ、チャンクサイズ、冗長度、レイアウトなど)を自動的に推定するソフトウェアツールである。SW/HW両RAIDに対して有効に働く。Shearでは、RAIDに対して読み書き行い、その応答を統計的に分析することで、RAID構成を推定する。例えば、パターンサイズP(RAIDディスクの使われ方が等しく繰り返される大きさ)を推定するには、pを変化させながらp間隔にデータを読み書きする。pがPと等しいとき同じディスクにアクセスが集中するため応答が極端に遅くなる。よって応答を解析すればパターンサイズを推定できる。
[1] Timothy E. Denehy, John Bent, Florentina I. Popovici, Andrea C. Arpaci-Dusseau, Remzi H. Arpaci-Dusseau: Deconstructing Storage Array, ASPLOS'04, pp.59-pp.71, 2004
2009年3月4日水曜日
研究のシステム化
publish or punish
確かに研究成果を死蔵しても意味がない。研究成果は広く万人の知るところとならなければ、人類全体の知財とならない。
もっと目先のこととして研究成果は特許を経て経済に直結する。となれば、競争力を維持するために秘密にすることもある。
しかし、これはむしろ例外だろう。一般的には知識を得るだけでなく、それを発信することも必要だ。
しかし、研究者は必ずしも最善の伝道者ではない。伝道者には表現力が最も重要な資質だろう。研究能力と表現力を兼ねることは重要と考えられているが、いざ実践しようとすれば難しい。
そのような無理な要求を課すより現実的な解決手段を模索すべきだろう。それが研究の分業であり、システム化だ。
研究もマネジメントできる。それはよく知られていることだ。しかし、マネジメントが中途半端であることも確かだ。
研究の方向性を大局的に判断する人はいるが、トップダウンで指示することもほとんどない。どちらかといえばボトムアップであがってきたテーマに難癖付けるだけだ。それなら最初から指示してやればよい。もちろん、できるならだが。
発表してない研究はないも同然だ。研究が終われば発表の準備に入る。しかし、発表の準備は意外と手間がかかる。研究と発表を分担できるだけで能率は上がる。研究者は発表者にだけきちんと伝えればよい。発表者はインタビュアを兼ねて、一般聴衆の立場から質問を想定する。このような役職にふさわしいのは編集者だ。編集者はゼネラリストでなければならない。ただし、スペシャリストに準じるほどその分野に精通していなければならない。このような人材は少なくないが、あまり活用されていない。
研究を突き詰めるほど分野は狭くなる。こうなると分野外のことがわからないいわゆる専門馬鹿になりかねない。それもまた分業が必要な理由だ。最先端は狭くなって当然だ。専門馬鹿でしか到達できない境地がある。しかし、専門馬鹿だけでは到達できない領域も存在する。スペシャリストとゼネラリストは互いに協力しなければならない。
ゼネラリストはスペシャリストを結びつける。ゼネラリストにしか解けない問題もある。ゼネラリストがスペシャリストを道具のように使う以上、十分なスペシャリストが存在する環境下でなければ能力を発揮できない。
次の課題はスペシャリストの育成だ。多くの技術者は学生時代ゼネラリストで、企業で研修することでスペシャリストになり、やがて管理職で再びゼネラリストになる。入口と出口がゼネラリストだから内部でスペシャリストを育成するしかない。OJTよりプロジェクトがよいだろう。
確かに研究成果を死蔵しても意味がない。研究成果は広く万人の知るところとならなければ、人類全体の知財とならない。
もっと目先のこととして研究成果は特許を経て経済に直結する。となれば、競争力を維持するために秘密にすることもある。
しかし、これはむしろ例外だろう。一般的には知識を得るだけでなく、それを発信することも必要だ。
しかし、研究者は必ずしも最善の伝道者ではない。伝道者には表現力が最も重要な資質だろう。研究能力と表現力を兼ねることは重要と考えられているが、いざ実践しようとすれば難しい。
そのような無理な要求を課すより現実的な解決手段を模索すべきだろう。それが研究の分業であり、システム化だ。
研究もマネジメントできる。それはよく知られていることだ。しかし、マネジメントが中途半端であることも確かだ。
研究の方向性を大局的に判断する人はいるが、トップダウンで指示することもほとんどない。どちらかといえばボトムアップであがってきたテーマに難癖付けるだけだ。それなら最初から指示してやればよい。もちろん、できるならだが。
発表してない研究はないも同然だ。研究が終われば発表の準備に入る。しかし、発表の準備は意外と手間がかかる。研究と発表を分担できるだけで能率は上がる。研究者は発表者にだけきちんと伝えればよい。発表者はインタビュアを兼ねて、一般聴衆の立場から質問を想定する。このような役職にふさわしいのは編集者だ。編集者はゼネラリストでなければならない。ただし、スペシャリストに準じるほどその分野に精通していなければならない。このような人材は少なくないが、あまり活用されていない。
研究を突き詰めるほど分野は狭くなる。こうなると分野外のことがわからないいわゆる専門馬鹿になりかねない。それもまた分業が必要な理由だ。最先端は狭くなって当然だ。専門馬鹿でしか到達できない境地がある。しかし、専門馬鹿だけでは到達できない領域も存在する。スペシャリストとゼネラリストは互いに協力しなければならない。
ゼネラリストはスペシャリストを結びつける。ゼネラリストにしか解けない問題もある。ゼネラリストがスペシャリストを道具のように使う以上、十分なスペシャリストが存在する環境下でなければ能力を発揮できない。
次の課題はスペシャリストの育成だ。多くの技術者は学生時代ゼネラリストで、企業で研修することでスペシャリストになり、やがて管理職で再びゼネラリストになる。入口と出口がゼネラリストだから内部でスペシャリストを育成するしかない。OJTよりプロジェクトがよいだろう。
2009年3月3日火曜日
RPGで歴史を学ぶ
学びにゲームを利用することはよくある。楽しみながら学んだ方が身につくからだ。
ゲームといえばRPGが中心だろう。
RPGといえば無意味な経験値稼ぎなど批判も多いが、純粋にストーリーを楽しめば、大変考えられた作品が多い。もっとも経験値稼ぎのような多少の労苦もストーリーの理解にはかかせないスパイスとも言える。
RPGは、その名の通り、その役になりきって追体験する遊びと言える。よって、歴史の追体験にはもってこいだ。
そこで、いっそのことファンタジーの要素を廃して、史実に忠実な歴史を追体験するゲームを作れば、楽しく学べるのではないだろうか。ゲーム的な要素がないと単なる勉強になると思う人もいるかもしれないが、ゲームでなくても漫画や小説は楽しい。ゲームのような自由度がなくても十分に楽しめるコンテンツはできる。
歴史の主人公になって、その立場から見た世界を追体験し、なぜそのような歴史的決断がなされたかを理解することは十分楽しいことだと思う。
ゲームといえばRPGが中心だろう。
RPGといえば無意味な経験値稼ぎなど批判も多いが、純粋にストーリーを楽しめば、大変考えられた作品が多い。もっとも経験値稼ぎのような多少の労苦もストーリーの理解にはかかせないスパイスとも言える。
RPGは、その名の通り、その役になりきって追体験する遊びと言える。よって、歴史の追体験にはもってこいだ。
そこで、いっそのことファンタジーの要素を廃して、史実に忠実な歴史を追体験するゲームを作れば、楽しく学べるのではないだろうか。ゲーム的な要素がないと単なる勉強になると思う人もいるかもしれないが、ゲームでなくても漫画や小説は楽しい。ゲームのような自由度がなくても十分に楽しめるコンテンツはできる。
歴史の主人公になって、その立場から見た世界を追体験し、なぜそのような歴史的決断がなされたかを理解することは十分楽しいことだと思う。
車のセールス
自動車産業は影響力が大きい。その復興は日本経済にとっても重要だ。そこで少しだけ助力したい。
自動車産業を復活させるには車を売るしかない。インサイトのように売れる車を作ることが最も重要だ。
しかし、どのような車が売れるのかわからないことが本質的な問題だ。そのような場合は、誰が車を欲しがるかを考えればよい。
例えば、高齢層と若年層を比較すると、高齢層の方が人口も財産も多い。よって、高齢者向きの車を作った方がよく売れる。また、都会と地方では、地方の方が必要とされる。都会では、公共交通機関が発達しているため、車に乗る必要がない。今の時代では、環境意識の高まりもあり、車に乗る必要のない人は車を買わなくなっている。昔は車で通う必要もない場所へも車で通っていたと言うことだろう。
このように考えると、高齢者と地方の若年層をターゲットにするという一般的な戦略が成り立つだろう。なお、高齢層と若年層の中間層に対しては従来通りでよいように思える。
また、同じ高齢者でも都会と地方ではニーズが異なる。道幅、駐車場など道路環境が異なる。また、ショッピングセンターなど購買法も異なる。地方なら比較的遠くの大規模ショッピングセンターに週1回買い出しに行くというパターンが考えられるが、その場合小さな車では不十分なこともある。
また、既に飽和している市場で新たな市場を開拓するなら、一家に一台から一人に一台、一人に複数台(用途ごとに一台)へと発展させる必要がある。これはかつてPCがたどった道だ。その場合、自動車の小型化、低価格化は避けられない。タタのナノはそのままでは通用しないかもしれないが、やはり時代に即した車を開発することが重要だ。
自動車産業を復活させるには車を売るしかない。インサイトのように売れる車を作ることが最も重要だ。
しかし、どのような車が売れるのかわからないことが本質的な問題だ。そのような場合は、誰が車を欲しがるかを考えればよい。
例えば、高齢層と若年層を比較すると、高齢層の方が人口も財産も多い。よって、高齢者向きの車を作った方がよく売れる。また、都会と地方では、地方の方が必要とされる。都会では、公共交通機関が発達しているため、車に乗る必要がない。今の時代では、環境意識の高まりもあり、車に乗る必要のない人は車を買わなくなっている。昔は車で通う必要もない場所へも車で通っていたと言うことだろう。
このように考えると、高齢者と地方の若年層をターゲットにするという一般的な戦略が成り立つだろう。なお、高齢層と若年層の中間層に対しては従来通りでよいように思える。
また、同じ高齢者でも都会と地方ではニーズが異なる。道幅、駐車場など道路環境が異なる。また、ショッピングセンターなど購買法も異なる。地方なら比較的遠くの大規模ショッピングセンターに週1回買い出しに行くというパターンが考えられるが、その場合小さな車では不十分なこともある。
また、既に飽和している市場で新たな市場を開拓するなら、一家に一台から一人に一台、一人に複数台(用途ごとに一台)へと発展させる必要がある。これはかつてPCがたどった道だ。その場合、自動車の小型化、低価格化は避けられない。タタのナノはそのままでは通用しないかもしれないが、やはり時代に即した車を開発することが重要だ。
2009年3月2日月曜日
Gmail障害の余波
最近Gmailがサービスを停止したことは、その利用者ならよく知っていることだろう。
個人的な事情だが、この時期、Gmailが大規模な障害を起こしたことは痛手だった。
というのは、Google AppsやWindows Liveか、いずれかのサービスを全面的に採用しようと検討していた矢先だったので、Googleへの信頼感が大幅に低下してしまったからだ。
個人的には、この程度の障害はどのクラウドでも起きえると考えているので、それによってGoogleの評価を下げることはないのだが、一般的にはマイナスとしてとらえられる。
サービス内容ではGoogle Appsの方がよい点が多いと思っていただけに残念だ。
個人的な事情だが、この時期、Gmailが大規模な障害を起こしたことは痛手だった。
というのは、Google AppsやWindows Liveか、いずれかのサービスを全面的に採用しようと検討していた矢先だったので、Googleへの信頼感が大幅に低下してしまったからだ。
個人的には、この程度の障害はどのクラウドでも起きえると考えているので、それによってGoogleの評価を下げることはないのだが、一般的にはマイナスとしてとらえられる。
サービス内容ではGoogle Appsの方がよい点が多いと思っていただけに残念だ。
ブログによる意見表明と議論
ブログを用いて個人が意見を容易に表明できるようになってきた。
政府の政策を批判したり、また賛成したりすることができる。このような意見を集計できれば世論調査が瞬時に済む。このようなブログ民主主義という形態も将来は可能になるのかもしれない。もっともSFに近い話ではある。
話を戻すと、現在のブログはまだ意見表明に留まっているという言い方もできる。意見を収集して集計するシステムはできるかもしれないが、そのような集計された意見は民意かもしれないが、つじつまのあった論理的な結論とは言い難い。もっとも集団知が常に遍在するなら民意は常に論理的結論と一致する。しかし、これもまた夢物語だ。
つまり、表明された意見を互いに戦わせて、競争させ、その中から勝者を選び出す必要がある。議論のコロシアムといえるかもしれない。ブログが連携し合って、そのような議論の場が生成されるとおもしろい。しかし、一歩間違えると荒らしとなるので、議論のために専用の砂場が欲しいところだ。つまり、自動的に意見を集めて、砂場を作ってしまうようなシステムが考えられる。
議論にはブログよりむしろ掲示板が適しているかもしれない。しかし、掲示板では参加者が自分の意見をまとめる前に、他人の意見を読み、他人の考えに左右されてしまう。もちろん意見を定めるには根拠も必要であり、その調査段階で先駆者の意見の影響を受けることはあるだろう。結局、その人次第ではある。
政府の政策を批判したり、また賛成したりすることができる。このような意見を集計できれば世論調査が瞬時に済む。このようなブログ民主主義という形態も将来は可能になるのかもしれない。もっともSFに近い話ではある。
話を戻すと、現在のブログはまだ意見表明に留まっているという言い方もできる。意見を収集して集計するシステムはできるかもしれないが、そのような集計された意見は民意かもしれないが、つじつまのあった論理的な結論とは言い難い。もっとも集団知が常に遍在するなら民意は常に論理的結論と一致する。しかし、これもまた夢物語だ。
つまり、表明された意見を互いに戦わせて、競争させ、その中から勝者を選び出す必要がある。議論のコロシアムといえるかもしれない。ブログが連携し合って、そのような議論の場が生成されるとおもしろい。しかし、一歩間違えると荒らしとなるので、議論のために専用の砂場が欲しいところだ。つまり、自動的に意見を集めて、砂場を作ってしまうようなシステムが考えられる。
議論にはブログよりむしろ掲示板が適しているかもしれない。しかし、掲示板では参加者が自分の意見をまとめる前に、他人の意見を読み、他人の考えに左右されてしまう。もちろん意見を定めるには根拠も必要であり、その調査段階で先駆者の意見の影響を受けることはあるだろう。結局、その人次第ではある。
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