2009年7月23日木曜日

年金を税金にすべき理由

多くの人が年金に関心がある。次の選挙の政策として年金問題が取り上げられることもあるだろう。既存の年金が破綻しかけているのは周知の事実だ。ここで、年金を継続するなら、その方法を模索する必要がある。
年金には大きく3種類の考え、自己責任、世代扶養、税金などがある。
自己責任は各人が自分の年金を積み立てる方法だ。ただし、銀行の預金のように簡単に出し入れはできない。国が管理する定期のようなものだ。この方法では、収入による格差が大きい。以前のような一億総中流なら問題ないが、大多数が下流の時代には十分と言えない。また、何かと理由を付けて目先の利益のために年金の原資を消費してしまう可能性がある。自己責任は個人の判断で行うべき保険で国の政策とは言えない。
現在の年金は世代扶養とも言える。若年層が老年層を扶養する仕組みだ。この場合、老年層はただ乗りしていることになる。よって、最初は問題ないが、人口が減少してくると大きな問題となる。特に、世代格差による不公平が大きい。結局、税金で資金を補充することになる。
税金方式では年金の福祉と位置づけ、国が保証する。富の再配分の一方式となる。老人層が多ければ多くの税を課し、少なくなれば少しの税を課す。
おそらく少子高齢化傾向が続く限り税金方式しか道はないだろう。しかし、これには否定的な側面だけでなく、肯定的な副作用もある。
扶養者が多い間は多くの税金を使用することは確かだが、そのピークを越えると税率を下げることができるようになる。老齢人口のピークは団塊の世代であるから、平均余命を考えても今後20〜30年が山場だ。この間は税金を年金に大きく配分するのはやむを得ないだろう。しかし、それを超えると年金のための税収入は支出を超過することになる。この期間は長いようだが、実際にはもっと短くなるだろう。医療技術が進歩しても平均余命が簡単に延びるとは思えない。延びたとしても緩やかに延び、やがては死亡率と交差する。むしろ今の壮年層は欧米型食生活やストレス、運動不足などであまり長生きできそうな気がしない。
また、年金を安定的に支給することにより、老齢層が市場を形成する。その結果、老人向けサービスが充実し、それが雇用を生む。しかし、それもやがて老人が減少するにつれ減少し、他の分野へ移る必要が出てくる。このような人的資源の流動性が市場原理に基づいて行われることは理想と言える。一番の問題点に税金を投入することは妥当だろう。

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